過去を抱きしめる
「看護師さんは、わかってくれてる人やね」
何か特別な言葉を交わしたわけではない。
少しだけ、ほんの数ミリだけ肩の下に手を入れて、その位置を変えただけである。
体の位置や、体の向きを変えるときに私が大事にしていることは「体のどこかに違和感がないかどうか」究極いえばそれだけである。それは、見た目で確認することもあれば、違和感の原因がわからないときには背部や腰部に手を入れ、極端に圧がかかっている部分がないか、ゆがんでいる部分はないか、狭くなっている部分はないか、を確認する(マットとの接触部分だけではなく、クッションや物の配置も含めて確認する)。
そんなときに、今まで「そうそう」とか「そんな感じ」とか、「大丈夫よ」という反応をいただくことはあっても、このように言われたのは初めてだった。
どうしてだろう・・・と考えてみた。
よっぽど辛かった部位だったのだろうか、長らく気づいてもらえなかったのだろうか、むしろ、お風呂がすっごく気持ちよかったのだろうか、この前に交わしたみんなの会話が楽しかったのだろうか・・・
いろいろ考えても、その理由は断定できなかったけれども、私が自分で動きたくても動けなくて、体の違和感のあるところに、誰かがそっと手を触れてくれて、気づいてくれたとしたら・・・そんな風に少しでも近づくことができていたのだとしたら・・・
患者さんが少しでも癒されていたらそれ以上にうれしいことはないし、私の看護師として目指してきたものが、ようやくほんの少し手ごたえとして形になったような気がした出来事だった。何より、私が患者さんに癒された。その人の、人柄に触れたのだ。やっぱりケアは相乗効果だ。
不思議な気持ちとともに、アジサイ越しに見上げた夕焼けがとてもきれいで、ちょっとだけ涙が出て、入浴セットを抱えながら再び次の場所へ向かうバスへ乗り込んだ。